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まんじゅう四方山話
まんじゅうを発明したのは、諸葛孔明?
まんじゅうの起源は、中国の饅頭(まんとう)であると言われます。それは日本のように小豆あんが入ったものではなく、肉や野菜が入った食事がわりになるようなものです。饅頭のルーツは、三国時代までさかのぼります。軍師・諸葛孔明が孟の国を攻めたときのこと、牛や羊の肉を小麦粉で練ったもので包み、人の頭のかたちに似せた物を作って神に捧げました。そのおかげで孔明は孟に勝利したという故事から、中国の人々はそれにならって、饅頭を先祖の祭りや神に捧げる供物としていました。
どっちが最初? 林浄因VS聖一国師
日本のまんじゅうの起源は諸説あります。13世紀に宗から帰国した聖一国師(しょういちこくし)が、布教の途中で立ち寄った茶屋店主に、甘酒を生地に混ぜて発酵させる酒まんじゅうの製法を教えたのが始まりであるという説。また、14世紀に日本に帰化した中国人の僧・林浄因(りんじょういん)が奈良の塩瀬で売り出した「奈良まんじゅう」が最初だという説もあります。ちなみに林浄因は「まんじゅうの神様」として、いまも奈良県の林小路町にある小さな神社に祭られています。
古典落語の演目「まんじゅうこわい」
「まんじゅうこわい」が落語の演目として登場したのは江戸時代。その元をたどると、中国の明時代、「五雑俎」(ござっそ)という本の中に「貧乏書生が饅頭が怖いと言って饅頭屋の主のいたずら心を掻き立てて饅頭をせしめる」というエピソードがあります。それが日本に伝わって、古典落語の定番として根付いたというわけです。この噺の中には、腰高まんじゅう、唐まんじゅう、酒まんじゅう、蕎麦まんじゅう、栗まんじゅう、葛まんじゅう、中華まんじゅうなど数多くのまんじゅうが登場します。すでに江戸時代には様々な種類のまんじゅうがあったのですね。
饅頭の小豆にはミネラルいっぱい!
小豆にはイライラを解消するビタミンB1、新陳代謝を促して美肌を保つビタミンB2、過酸化脂質の生成を防ぐサポニン、さらにはカルシュウムや鉄分、食物繊維など、豊富な栄養素が含まれていますから、まさに健康にはうってつけの食べ物です。
饅頭の砂糖は頭の栄養素!
人間の身体のエネルギー源は、主に脂質と糖質です。しかし頭の脳は糖質のブドウ糖のみを主にエネルギー源として使います。砂糖はブドウ糖と果糖からできています。 従って、頭の栄養素=砂糖の方程式が成り立つと言う訳です。
文豪・森鴎外の好物は、饅頭茶漬けだった!
「雁」「舞姫」「山椒太夫」などで有名な、そして軍医でもあった文豪・森鴎外は、なんと饅頭をお茶漬けにして食べるのが好物だったという。ほんとかいな?と疑りたくなるも鴎外の長女・森茉莉のエッセイ「貧乏サバラン」の中で、鴎外が「つめの白い清潔な手で、それを四つに割り、その一つをご飯の上に載せ、煎茶をかけて食べるのである」と記されている。まさにこの「それ」とは饅頭だったというから驚きです。
鳥取県の奇石、饅頭石をご存知?
鳥取県の石の博物館に、まことに奇妙な石がある。まさに饅頭そのものにみえる奇石なのだ。鳥取地方では一色豆と呼んでいるこの石には、中に褐色の餡(あん)もきっちり入っている。実は、大山の火山活動で飛散した軽石中に含有されていた黒雲母が分解し、鉄やマンガンが核となって餡のようになり、またその周りをギブサイト(鉱物)が凝集し、まさに豆状の結核を形成したもの。
 
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